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熊本地方裁判所 昭和35年(ワ)333号 判決 1966年4月19日

原告 国

訴訟代理人 斉藤健 外三名

被告 沢田安吉 外二名

主文

被告らは連帯して原告に対し金一〇、九三二、九八三円とこれに対する被告沢田は昭和三五年七月二三日から、同高橋、同政岡は同月一三日からそれぞれ支払済までの年五分の割合による金員とを支払え。

訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の求める判決

主文と同旨の判決

二、被告高橋、同政岡の求める判決

それぞれ「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」むねの判決

第二、主張事実

一、請求の原因

(一)  別紙記載の熊本県球磨郡五木村字上小鶴所在の端海野国有林実測一三五町歩の一部(以下本判決では単に係争地と略称する。)は、原告の所有にかかるものであつて、右の土地の範囲は明治四〇年一月熊本大林区署で実施した境界査定処分に対し法定の六〇日の期間内になんらの訴願の申立もないことによつて確定しており、原告は明治四三年右土地内に檜を一斉に植樹し、爾来現在に至るまで占有管理し、檜の樹命は昭和四〇年ごろには五〇年以上に達し右土地の西端県道沿いおよび八代郡境の立木には白ペンキで「国有林」と明確に標示してあるうえ近隣土地とは林相を異にすることにより判然と区別できる。

(二)  ところが前記五木村字上小鶴附近一帯は字図の記載が極端に混乱していてその図示するところは実地と全く符合せず、前記端海野国有林は字図上では恰かも球磨郡五木村字上小鶴一、五七二番(現在では分筆されて同番の一ないし三にわかれている。)の民有地の一部であるかのように図示されているので、これを利用して国有林の一部が右一、五七二番、ことに分筆後の一、五七二番の二に含まれるむねを主張する者が現れた。

しかしながら右の一、五七二番の二は実在しない架空地である。

以下には被告らの行為の違法性を明らかにする前提として必要な範囲で右の架空土地が公簿上作出された経緯、事情を摘記主張する(なお本判決では以下には熊本県球磨郡五木村字上小鶴所在の土地はすべて地番のみをもつて表示することとする。)

(三)  架空土地が公簿上作出された経緯とこれに関する事情

(1)  一、五七二番分筆の経緯

(イ) 最初の所有者から前山勇三名義に登記されるまでの経緯

一、五七二番はもと土肥門平の所有に属していたがその後所有権は相続、売買、競落等により輾転し、昭和一四年九月二八日には山陽木材防腐株式会社(以下本判決ではすべて山陽木材と略記する。)が買い受けたが所有権移転登記は同会社九州工場支配人前山勇三名義になされた。

(ロ) 未墾地買収の経緯

昭和二三年七月二日熊本県知事は登記名義人前山勇三に対し自作農創設特別措置法第三〇条に基づき一、五七二番の東北部実測二一町八反について未墾地買収処分をし、右処分は確定した。しかしながら買収地の分筆、所有権移転登記手続はされないままで放置されてあつた。

(ハ) 分筆

前山勇三の後任者鍵原福松は、昭和二六年ごろ一、五七二番の登記名義を実質上の権利者である山陽木材に移そうとしたが、その前提として買収地の分筆登記をする必要があつたので県係員と交渉の結果代位登記により分筆することとなり、買収地を一、五七二番の二とし、その公簿上の地籍は実測地積と同一の二一町八反歩とし、母番の一、五七二番の一の公簿上の地積は分筆前の一、五七二番の公簿上の地積三一町三反一畝歩から分筆地の実測地積を控除した九町五反一畝歩と定めた。

そのころ前山勇三は既に死亡していたので山陽木材は一、五七二番の一について前山の相続人ら名義に登記し、さらにこれから会社に所有権移転登記をしたが、同番の二については相続人ら名義のままになつていた。

(2)  一、五七二番の二が石原又次郎名義に登記されるにいたつた経緯

(イ)  前主張のとおり五木村字上小鶴附近の字図は実地と符合せず、字図上では一、五七二番が係争地を含むかのように図示されているので前主張の分筆のころから係争地が一、五七二番の実地である旨を主張する者が現われてきた。岡部俊佐および石原又次郎は、これらの者の中でも最も巧妙で多方面の活動をした。

(ロ)  岡部および石原は、相通じて係争地に生立する檜樹の払下運動に奔走し若干の曲折、失敗を重ねた後、この上は一、五七二番の二の登記名義人である前山のぶほか五名(前記前山勇三の相続人)から同土地の名義の譲渡をうけ、これを利して係争地山林の権利が自分らに帰属するむねを主張するにしくはないと考えるようになつた。彼らは熊本県知事が前主張の代位分筆登記申請をするに際し、同番を南北二つに適当に境界線を引き、北部すなわち字図上八代郡との境界に接した部分を一、五七二番の二と記載した図面を添付したため字図上は恰かも同番の二が係争地に該当するかの如く図示されることになつてしまつたのを奇貨として、同番の二の所有名義を自分らに移すことにより係争地の権利も自分らに属することを主張しようとしたのである。

かようにして岡部、石原は同地の所有名義人である前記前山のぶらに対し再三にわたり登記名義の譲渡方の交渉をしたが同人らは当初は右土地は山陽木材の所有である旨申しむけて取り合わず、石原自身も前記鍵原から一、五七二番の土地の沿革についての前主張の事実に関する詳細な説明を受け、従つて同地と係争地は全く別地であることを知るに至りながらなお当初の意図に基づいて、同番の二の所有名義を取得しようと努力し、遂に昭和三一年一〇月二〇日岡部俊佐は前山のぶらと契約を締結することに成功した。右契約の骨子は、前山のぶら共有にかかる一、五七二番の二山林公簿面積二一町八反歩中農林省が既に買収した部分(実測二一町八反歩)を除外した残地を金一五〇万円で岡部俊佐が買い受け本日(昭和三一年一〇月二〇日)内金五〇万円の支払をする。前山のぶらは前記農林省の分筆登記完了の上は残金一〇〇万円と引き換えに所有権移転登記に関する書類を岡部に引き渡す(その他若干の項目を含む。)、と云うのである。

かくて岡部は、翌一一月になつて所有権移転登記に必要な書類の交付を受けたが、前主張のとおりの経緯に徴すれば一、五七二番の二から買収地を除ぞいた残地は皆無であつてその買受対象土地が実在しないことは明らかである。

(ハ)  石原は岡部のうけた前記書類に基づき昭和三二年一月二二日一、五七二番の二を自己名義に所有権移転登記をした。

(3)  石原一、五七二番の二を再分筆

石原は、一、五七二をさらに同番の二と三とに分筆して所期の目的を貫徹しようと企て同番の三は前記県買収地、同番の二に係争地を含ませるような字図上および登記簿上の作為をし、その分筆方を土地家屋調査士兼司法書士籾田利雄に依頼した。分筆申告については本来は分筆地の実測図を土地家屋調査士に作成させて添付する必要があり、かつ公簿上の地積が実測面積と相違するときは、まず母番の測量図を作成し母番の地積を訂正した後に分筆申告すべきであるが、再分筆前の一、五七二番の二に国有林の檜造林地を含ましめようとすれば、まず一、五七二番の二の本来の地積である末墾地買収地積二一町八反歩に檜造林地積八六町四反八畝二九歩を加え合計一〇八町二反八畝二九歩と増加訂正せねばならぬことになる。しかしそれには隣接土地所有者の同意を必要とするところ、隣接土地所有者中には国も含まれ到底かかる同意をうる見込はないので国有林の檜造林地と未墾地買収地積との按分例で二一町八反歩を分割して分筆するよう籾田に依頼した。よつて同人はなんら実地測量をすることなく、県から入手した測量図によつて未墾地買収の地形のみを真似て地積は前記按分比例により算出した数字により圧縮した測量図を作成し、昭和三二年二月五日これを分筆申告書に添付して熊本地方法務局四浦出張所に提出して分筆登記手続をし一、五七二番の二をさらに同番の二と三(同番の三が前記自創法に基づく買収地として)とに再分筆し、ここに該当する実地の存在しない一、五七二番の二なる架空地が登記簿上作出されるに至つた。

(四) 被告らの不法行為

被告らは、前記石原又次郎の言により再分筆後の一、五七二番の二の実地中に係争地山林が含まれるものと思いこみ、その売買により巨利を得ようと考えて相謀つて先ず被告高橋が石原から一、五七二番の二の架空地を買いうけ、後右土地の所有名義を被告沢田に移したがそのころ調査のため熊本営林局に赴いて係員の説明を聞き、ここに係争山林の所有権が原告に属することを明確に認識するに至つたが当時は既に相当多額の金員を石原に支払つてしまつた後であつたので損失を最小限度にとどめるための手段としてはやむなしと考えてここに被告ら三名共謀のうえ不法にも仮処分、強制執行等の裁判上の手続を悪用し係争国有山林の檜樹を伐採処分して速かに出資金を回収しようと企て

1 当然予想される係争山林についての原告の権利主張を事前に封じ困難ならしめたる昭和三二年九月一六日被告沢田が申請人となり原告を被申請人として係争地への立入禁止等の仮処分を熊本地方裁判所に申請し、右申請は同庁昭和三二年(ヨ)第一三七号山林立入禁止及び山林管理行為妨害排除等の仮処分申請事件として係属し同月一七日左記内容の仮処分が決定がなされた。

「被申請人(原告)は、熊本県球磨郡五木村字上小鶴一、五七二番の二山林一七町一反四畝四畝一二歩(この仮処分には別紙中に右土地の実地として係争地を図示してある。)内に立入つてはならない。

被申請人は前記山林に対し申請人のなす植林、枝払下払、間伐等一切の管理行為を妨害してはならない。」

2 前記仮処分により原告係官の係争地内への立入が不能となり、従つて原告による同土地の管理が一時不能となつたのに乗じ被告らは昭和三二年九月二二日から同月二八日までの間に係争地内の檜樹を一部伐採し、右伐倒木を処分換価して資金の回収を図つたが係争物件のこととて通常の方法では換価できなかつたため、ここに前同様三名共謀のうえ強制執行手続を悪用することに思い至り、先ず被告政岡が被告沢田に対し昭和三二年六月一〇日金一、二〇〇万円を弁済期同年九月一〇日、利息年一割五分遅延損害金年一割(利息より低率)担保なしとの約定で貸しつけたかの如く仮装してその旨の虚偽の意思表示をし、同年九月七日(弁済期のわずか三日前になつて)熊本地方法務局所属公証人中野謙五にその旨の内容虚偽の公正証書を作成させ、同月二七日同公正証書を債務名義として執行吏に執行を委任して前記檜の伐倒木の一部(数量、価額等は後に主張する。)を差し押え、同年一〇月一二日競売手続を了して藤井高義にこれを競落させ、よつて善意、無過失の同人にこれを即時取得せしめて原告の所有権を喪失させ、よつて右伐倒木の価額と同額およびその他の損害を原告に与えた。

(五) 被告らの前記仮処分の申請、執行および仮装債権に基づく強制執行は係争地および同地内立木が原告の所有にかかるものであることを認識しながらあえて共謀のうえ実行されたものであつてその違法であることは論をまたないから、被告らには右によつて原告が蒙つた損害を連帯して賠償する責任がある。

(六) 原告の蒙つた損害額の明細

1 係争地国有林の東北隅の一部の檜樹を第三者が昭和三一年一二月ごろ誤伐し、右誤伐にかかる檜材二、一一六本、一、四九八石が前主張の仮処分時にもそのまま伐採跡に置かれてあり、その価額は仮処分執行時には計一、六〇六、九〇四円を下らず、原告としては当然これを良好な状態に管理または処分して価値の減耗を防ぎ得たのに、前記仮処分により原告係官は係争地内への立入を禁止されその結果右誤伐倒木の搬出、払下等が不能となりそのまま放置しておかざるを得なくなり、ために材質が低下して価値が下落し、原告の申請により昭和三四年九月二六日に至つてようやく熊本地方裁判所昭和三四年(モ)第六五四号仮処分物換価命令に基づく競売が実施されたが、右競売において僅か代金四八六、四六三円で競落されると云う結果になり、原告は右誤伐木の仮処分執行時の価額と競落代金との差額一、一二〇、四四一円と同額の損害を蒙つた。

2 被告沢田が他被告らと共謀のうえ前主張の仮装の債権に基づいて差し押さえさせた伐倒木は少なくとも三四、四三〇本、六、五八三石におよびその価額は六五〇万円を下らないところ、これを藤井高義が競落、即時取得した結果、原告はその所有権を失い右の伐倒木と同額の損害を蒙つた。

3 原告は、被告沢田を相手方として被告らの伐採にかかる右2に主張した伐倒木の処分禁止の仮処分を熊本地方裁判所に申請し、申請の趣旨に沿う仮処分命令が発せられたところ、右伐倒木の競落人藤井高義から原告を相手方として第三者異議訴訟(熊本地方裁判所昭和三二年(ワ)第六八五号)が提起され原告は右訴訟の第一審で敗訴の判決の言渡を受け、その控訴審である福岡高等裁判所で右藤井と和解をし、右伐倒木の所有権が競落人藤井高義にあることを認めるとともに同和解により同人の競落および伐木搬出その他の費用の弁償として同人に三、三一二、五四二円を支払うことを約するの余儀なきに至り、右藤井に対する支払金と同額の損害を蒙つた。

以上の次第であるから民法第七〇九条、第七一九条に基づき右損害額の合計一〇、九三二、九八三円とこれに対する弁済期(不法に仮処分を執行した昭和三二年九月一七日)の後で本件訴状が各被告に対して送達された日の翌日から支払済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を被告ら各自に対して求める。

二、請求の原因に対する被告らの認否

(一)  被告沢田は本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

(二)  被告高橋の認否

請求の原因(一)ないし(二)の事実は知らない。同(四)の事実中一、五七二番の二を被告高橋が石原から買い受け、これを被告沢田に譲渡した事実および被告沢田の申請により原告主張のとおりの仮処分決定のあつたことおよび原告主張のとおり係争地山林の一部伐採があり右伐倒木につき被告政岡、同沢田間の仮装の債権に基く強制執行がなされて右伐倒木を藤井が競落した事実は認める。右の仮処分、強制執行は被告沢田が単独でしたもので被告高橋はなんの関係もしていない。係争地が端海野国有林の一部であることを被告高橋が認識していたとの点は否認する。その余の同(四)の事実は不知、請求の原因(五)の主張は争う。同(六)1の事実中係争地内に誤伐木があつてこれが競売により換価された事実は認める。その数量、価額は争う、同(六)2の事実中原告の蒙つた損害額は争う。その余の事実は知らない。同(六)3の事実中損害額は争う。原告と藤井間に第三者異議訴訟事件があり右につき原告主張のとおりの裁判上の和解が成立した事実は認める。

(三)被告政岡の請求原因に対する認否

被告沢田の申立にかかる仮処分により原告が損害を蒙つた事実および同被告が内容虚偽の債務名義に基いて伐倒木に対し強制執行をした事実は認める。右は被告沢田が単独で勝手にしたものであり、公正証書の作成についても被告政岡はなんら関係していないので原告の蒙つた損害につき被告政岡はなんの責任もない。その余の請求原因事実に対する認否はすべて被告高橋と同一である。

三、被告高橋、同政岡の抗弁

かりに被告高橋、同政岡に原告の蒙つた損害を賠償する責任があるとしても原告主張の損害発生の因となつた仮処分、伐倒木に対する強制執行は原告の機関である執行吏によつて執行されたものであり、執行吏にはこれら仮処分および強制執行が違法であることを予見しながら右の各執行をしその損害が拡大するのを防止する手段をとらなかつた過失があるから原告の蒙つた損害額の算定にあたつては原告の機関である執行吏の右の過失を斟酌すべきである。

四、被告高橋、同政岡の抗弁事実に対する原告の認否

右抗弁事実は否認する。執行吏にはなんの過失もない。

第三、証拠関係<省略>

理由

第一、原告の被告沢田に対する請求について、

被告沢田は、本件口頭弁論期日に出頭しないし答弁書その他の準備書面をも提出しないので原告主張事実を全部自白したものとみなし、それによれば原告の被告沢田に対する請求は正当であるから認容(被告沢田に対する本件訴状送達の翌日は昭和三五年七月二三日であることは記録上明白である。)する。

第二、原告の被告高橋および同政岡に対する請求について

一、<証拠省略>をあわせ考えると、明治三九年一二月熊本大林区署は別紙図示の1ないし51の各点を順次直線で結ぶ線について境界査定を行い、明治四〇年一月中右査定処分の通知を隣接土地の所有者にした事実が認められ、<証拠省略>によれば右の境界査定処分に対してはなんら訴願その他の不服申立がなされなかつた事実も認められ、右各認定に反するような証拠は見当らない。

さらに、<証拠省略>をあわせると前認定の境界査定処分は原告所有にかかる一、五七七番の二および一、五七六番の土地の範囲を確定するために実施されたものであり、当時右国有地にそれぞれ隣接して野々下長次郎の所有にかかる一、五七五番、溝口重作の所有にかかる一、五七七番、津ケ原利三郎の所有にかかる一、五七九番および本件訴訟で問題となつた一、五七二番の二の分筆前の一、五七二番の各民有土地が隣接していた事実が認められ右認定に反するような証拠はない。

従つて前認定の境界査定処分の確定により別紙に図示した係争土地は国有地であることが確定し、従つて当時の一、五七二番(現在の一、五七二番の二を含む)は係争地と全く別地であると云わねばならない。

二、<証拠省略>をあわせ考えると原告は、前認定の境界査定処分の後明治四三年ごろに係争地内に檜樹を一斉に植樹し、右の植樹された檜樹は次第に成長して今日に及んでいる事実を認めることができ、右認定に反するような証拠はない。

三、<証拠省略>を綜合すると一、五七二番とその分筆に関する原告主張の請求原因(二)、(三)の事実はすべてこれを認めることができ、右認定に反するような証拠はない。(一、五七二番の二の土地の分筆と売買に関し元弁護士石原又次郎、司法書士兼土地家屋調査士籾田利雄が公正証書原本不実記載、同行使、土地家屋調査士法違反---石原はこのほかさらに係争地売買に関する詐欺罪をもあわせて---によりいずれも有罪の確定判決をうけたことは当裁判所に顕著な事実である。)

四、請求の原因(四)の事実中被告高橋が一、五七二番の二を係争地を含むものとして石原から買いうけ、これを被告沢田に譲渡したこと、被告沢田の申請により原告主張のとおりの内容の立入禁止等の仮処分命令が発せられ、その執行期間中に被告沢田が係争地山林の檜樹の一部を伐採し、かつ右伐倒木の一部を処分するための手段として被告政岡の同沢田に対する金一、二〇〇万円の実際は存在しない虚偽の貸付金債権に基づく公正証書により強制執行をし、右手続において藤井高義がこれを競落した等の事実については当事者間に争いがなく、<証拠省略>を綜合すると以下の事実を認めることができる。

すなわち被告高橋は山林仲介業秋山喜三次の仲介により石原又次郎が一、五七二番の二を売りに出している事実を聞き、有利な取引であると判断して小学校の同窓生で親密な関係にある被告沢田および被告高橋に雇われていたことのあつた被告政岡らとも相談のうえ、調査の結果相当であれば被告ら三名共同出資してこれを買い受け、右取引から生ずる利益は平等の割合で分配することに決し三名連れ立つて昭和三二年八月初旬ごろ熊本に赴き石原から説明を受けるとともに被告ら三名は石原の代人帯金宏之の案内で現地を確認し又字図等も参照した結果愈々有利な取引であると判断したが、そのころ現場関係者から熊本営林局が現地の立木を削つて「国有林」なる旨を明記しているとの事実を聞知して一抹の不安を抱きその点を石原に質したところ、同人から営林局の説明などとるに足りない、国は対抗しうるなんらの権限も有していない万が一に営林局が係争地の所有権を主張して争い被告らの事業を妨害するようなことがあれば事前に妨害排除の仮処分をしておけば被告らの事業の執行はなんら妨げられることはなく、しかも右仮処分はただ一日でできるとの説明をうけ、かつまた仲介者の秋山喜三次からも法律専門家の説明だから安心して早く取引せよなどと申し向けられて一応の安心をし同年八月一一日には被告高橋が石原から一、五七二番の二を金三、八〇〇万円で買い受けるむねの契約が成立し、被告らはともども右代金および秋山に対する仲介料の支払その他契約費用の調達に奔走したが、その後被告らに対し右買受代金の一部として三〇〇万円の融資を約した西内は熊本営林局に赴いて調査の結果係員の説明により係争地が国有で一、五七二番の二でないことを知り融資を取り消すむねを被告らに通告したので、被告らは驚き、同年九月二日協議の上三名連れだち熊本営林局に赴き庶務係長渡辺安隆に面会し、弁護士石原又次郎はきわめて信用の置けない人物で近く司直の取調べのあること、係争地は明らかに国有地であるむねの説明を受け熊本市在住の二、三の弁護士の見解を質してみたが石原弁護士が当事者になつているのではとの理由で確たる法律的説明を受けることはできず、ここに係争地は国有ではないかとの強い疑念を抱くに至つた(なお被告らより以前に石原と一、五七二番の二を係争地を含むものとして取引した甲斐寛志および佐藤三治もいずれも国側の説明を聞いてその取得を断念して石原との売買契約を解除しており、又石原の意を受けて係争地上の檜樹の払下に努力した佐藤千秋も国側の説明により到底成功の見込はないものとして手を引いている事実が認められ、これら事実から、営林局係員による係争地が国有であるむねの説明は相当に説得的であつたことが推認できる。)。

しかしながらそのとき被告らは契約成立までの手数料、費用等として既に一〇〇万円以上の金員を調達支出しており、さらにその他に買受代金として数百万円を他から借用調達してしまつており、そのまま石原との契約を解除すれば相当多額の損失を生ずる結果となることは明らかであつたので、ここに係争地が多分は国有であろうと感じつつも、当初の石原の説明した方針に沿つて国を相手に妨害排除の仮処分をしその間に被告らの所期の事業を執行して資金の回収を図る以外の良策なしと決意し同年九月五日午後熊本市塩屋町所在の旅館「千里」内で被告ら三名協議の上係争地附近の事情に比較的詳しい被告沢田に一、五七二番の二の所有名義を移し、被告政岡と同沢田の間に消費貸借を原因とする公正証書を作成し、被告政岡が同沢田を監督することと合議決定し、その後石原の態度があいまいであるため被告らは石原に対する疑念を愈々深めたが、やむなく当初の方針に従つて原告主張のとおり仮処分命令を得係争地山林の一部を伐採したが、営林局側からの抗議をうけ石原を信用することは全くできなくなり、係争地が国有に属することはほぼ確実と考えて伐採を中止した。しかしなお資金(その当時までには一、〇〇〇万円以上を支出)の回収をはかり即時現金取得するためには裁判上の手続を利用するのが最善と考えて原告主張のとおりの強制執行手続に訴えて藤井高義に伐倒木の一部を代金八〇〇万円で競落させ、右競落代金をもつて従前の費用、労賃、資金借入先への弁済等に充てた。

右のとおりの事実を認定することができ、<証拠省略>の記載のうちの一部も右認定を覆えすには足りず他には右認定に反するような証拠はない。

右の認定事実に前示当事者間に争いのない事実をあわせ考えると原告主張の仮処分および強制執行はすべて被告ら三名の共謀による共同意思に基いて実行されたものであることが容易に推認され、右推認に反するような証拠はなく右が被告沢田の単独意思に基くものであるとの被告高橋、同政岡の主張事実は認めるに由ない。

五、およそある土地の所有権が他人に属することの高度の蓋然性を十分に認識しているのに、その他人の係争地への立入を仮処分によつて一時的にも不能ならしめ、その間に土地上の樹木を伐採、処分するような行為が違法であることは勿論であるから、被告高橋、同政岡には原告主張の仮処分の執行、強制執行手続によつて原告の蒙つた損害を連帯して賠償する責任がある。

六、原告の蒙つた損害額について

1  被告らの共謀に基づく被告沢田の申請にかかる前記仮処分の執行当時係争地山林の東北隅に第三者の誤伐にかかる檜樹の伐倒木が存在していたことについては当事者間に争いがなく、<証拠省略>をあわせ考えると、右伐樹木は大塚勇一郎の誤伐にかかる一、九九一本、材積一、六九三石の檜用材(立木に換算して)であつて、前記仮処分執行当時は少なくとも一、六〇六、九〇四円の価値を有していたこと、および材木は伐採後そのまま放置しておけば材質が低下してその価値は相当急速に下落するものであるから、原告としては速かに右誤伐木を搬出、処分してその価値の低落を防止せねばならなかつたのであるが、仮処分の執行により係争地内への立入が禁止され価値低落の防止のための適切な処置をとることができなくなり、右誤伐倒木の換価競売処分を熊本地方裁判所に申請し、昭和三四年九月二六日ようやく実施された競売により僅か四八六、四六三円の売得金を得た(執行吏によつて日本銀行人吉代理店に納入済)にとどまつた事実を認めることができ右認定に反するような証拠はない。右の仮処分執行時の誤伐木の価格と競売売得金との差額一、一二〇、四四一円は他に特段の反証のない本件にあつては、前記仮処分の執行により原告が誤伐木の価値保存のため適切な処置をとりえなかつたために原告が蒙つた損害と云うべきである。

2  被告らが共謀のうえその伐倒にかかる檜樹の一部に対し被告政岡の同沢田に対する仮装の債権に基づき強制執行をし藤井高義をして右を代金八〇〇万円で競落させ、その競落代金を受領したことは前認定のとおりであり、<証拠省略>をあわせ考えるとつぎの事実を認めることができ、右認定に反するような証拠はない。

すなわち原告は被告らが係争地山林の一部を伐採した直後は同地内への立入が禁止されていたためその伐採の事実を知らず昭和三二年一〇月二〇日ごろに至つて急拠被告沢田を相手方として右伐倒木の処分、搬出等を禁止するむねの仮処分を熊本地方裁判所に申請し、同月二一日右申請の趣旨に沿う仮処分命令が発せられたが、その前である同月一二日には前認定のとおり藤井高義が伐倒木約一九、〇〇〇本材積約一〇、四〇〇石を競落してしまつており、(右物件の価額はこれが八〇〇万円で競落され、その後さらに右物件の一部が昭和三三年五月に至つて六五〇万円で換価競売されている事実が前記各証拠から認められるので、右認定事実からして少なくとも原告主張の六五〇万円を越えるものであつたことは容易に推認できる。)同人から競落により取得した所有権に基づく原告を相手方とする仮処分執行の目的物に対する第三者異議訴訟が熊本地方裁判所に提起され、第一審においては藤井の競落物件に対する即時取得が認められ、その控訴審で原告は遂に藤井の競落物件に対する所有権を認めて和解し、その反面原告の前認定の伐倒木に対する所有権を確定的に失うこととなつた。

ところで前示の各証拠を綜合すると原告が右第三者異議事件は控訴審である福岡高等裁判所においても第一審同様原告敗訴判決の言渡を受ける蓋然性が大きいと考え、その結果藤井との訴訟による損害がそれ以上拡大することを防止するために、同人の競落物件の所有権を認めて和解の挙に出たのもまことに無理からぬことであると認められるので、原告は被告らの前認定の不法行為により右競落物件の所有権を喪失せしめられ、その価額と同額の少なくとも六五〇万円の損害を蒙つたものと云うべきである(もつとも右認定によれば被告らは売得金と右の損害金との差額一、五〇〇、〇〇〇円を利得する結果になるけれどもこれは原告が右競落伐倒木の価額を六五〇万円であるむね自陳する以上やむを得ないところである。)。

3  <証拠省略>をあわせれば原告は藤井との福岡高等裁判所における前示和解で三、三一二、五二四円を同人が、右和解金は原告申請にかかる伐木に支払うことになつた搬出禁止の仮処分によつて藤井が実質的に蒙つた損害を賠償する趣旨で支払われたものであることが認められ、前認定の事件発展の経緯に徴すれば原告が伐木につきなお所有権ありと信じて仮処分の執行をし、その後の訴訟の進展に伴いかかる主張の維持を困難とする見地に転じて賠償金の支払をしたことは、結果の正否はともあれ、その時々の状況下において権利の防衛のため原告としてとらざるを得ない合理的な措置であつたことが容易に肯定されるので、右和解金の支出も被告らの不法行為により原告が蒙つた損害と云うべきである。

七、被告高橋、同政岡主張の過失相殺の抗弁について、

被告高橋、同政岡は本件仮処分の執行、強制執行についてはその執行にあたつて原告の機関である執行吏にも相当な過失があつたからそれを損害額の算定にあたつて斟酌すべきであるむね主張するけれども、右の執行吏の過失の点については本件全証拠によるもなんらこれを認めることはできないから右主張は採用するに由ない。

以上の次第であるから原告の被告高橋、同沢田に対し前認定の損害額合計一〇、九三二、九八三円の連帯支払とこれに対する本件訴状が被告高橋同政岡に送達された日の翌日(昭和三五年七月一三日であることが本件記録上明らか)から支払済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金(右損害金債権の弁済期が前同日までに到来していることは前記認定事実から明らかである。)との支払を求める原告の本訴請求は正当であるから認容する。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 石川哲男 高橋金次郎)

(別紙)<省略>

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